『福谷浩司選手 旅立ちを前に』 日々
FA権を行使して、北海道日本ハムファイターズへの移籍が決まった福谷浩司選手。プエルトリコでのウインターリーグに参加して帰国後、一度もナゴヤ球場に姿を見せていません。このまま会わないのも寂しいなあと思いながらも、移籍であいさつだ準備だと忙しいと思うと、わたしも誘いづらいものです。でも、きょうは東海ラジオへの出演が決まっていました。悩んだ末に、出演前の時間が空いているのなら会いませんかと、きのう夜9時15分にLINEしてみました。
2分後「ぜひよろしくお願いします!」と返信がありました。
で、会いました。
FA移籍までの心の揺れ動きや、今後の野球人生についてなど、1時間くらいだったのですがあっという間に過ぎてしまいました。
わたしは40代後半になり、新しい世界に飛び込むことが億劫になってきました。居心地のいい世界で残りの人生を過ごせばいい、その方が楽だという気持ちが強くなってきました。たまたまわたしは人事異動でアナウンサー職と営業職の兼任となり、さながら転職したような気分を味わいながら、アナウンサーとして人生も歩むことができて、視野が広がる喜びも感じています。福谷選手にも「今後のことも含めて、名古屋に残った方が楽だとか、思わなかったの?」と聞いてみました。で、やはり福谷選手も「そう思います」と答えました。しかし、福谷選手は「挑戦」を選択しました。
家族のこともあります。大きな決断です。でも、挑戦するんです。福谷選手は15歳も下の後輩ですが、大変刺激を受け、勉強になりました。会ってよかったです。
きょう、福谷選手と会ったのは名古屋東急ホテルでした。てっきり自家用車かタクシーで来たのかと思っていました。しかし、福谷選手は地下鉄で栄までやってきました。ファイターズとの交渉の際も地下鉄で向かい、担当者から驚かれ、また、感心されたそうです。プロ野球選手であり、社会人としての常識を持ち合わせる。このフットワークの軽さが、彼をアメリカへ、プエルトリコへ、そして北海道へ運んでいくのかもしれません。
きょうは時間を作ってくれてありがとう。わたしは名古屋で頑張ります。福谷選手は北海道で大きく飛躍してください。頑張れ、大後輩。