『井田アナ 東京へ』 日々
きょうから、東海ラジオ本社に井田勝也アナウンサーの姿がありません。12月1日付で、井田アナは営業局・東京支社に異動します。わたしが結婚した2013年4月1日は、井田アナ(と前野沙織アナ)の入社日でもあります。だからすぐに計算できます。10年目、9年7カ月で一度、アナウンサー業務から離れることになりました。
わたしは25年目。井田アナと同じ10年目の今ごろ、わたしはちょうど中日ドラゴンズの53年ぶりの日本一を実況していたわけです。毎週日曜日、『直球勝負!大澤広樹』というワイド番組も担当していて、わたしのアナウンサー人生の「ピーク」と言ってもいい頃(笑い)。あの時、もし自分が「異動」の辞令を受けていたなら、どんな思いになったのでしょう。
アナウンサーは専門職であり、入社試験がどの放送局でも「一般職」「技術職」「アナウンサー職」と分かれています。会社員なので異動はつきものですが、ほかの部署間の異動より「かわいそう」と思われてしまうのもつらいところです。25日にゆっくりと話しましたが、井田アナはいたって前向きな気持ちで東京に向かいそうなので、わたしも安心したというか、うれしいというか。
一時期、スポーツアナウンサーの人繰りが苦しかったとき、井田アナは『ガッツナイター』でレポーターなどを務めていました。いきなり右も左もわからない取材現場に放り込まれて、あのときはつらかっただろうと心配していました。その一方で、そのままスポーツ担当になればいいのにとも思ったり。
佐賀県出身、大学時代は京都で過ごし、名古屋で就職した井田アナ。初めての東京での生活です。アナウンサーから営業職へ。いろんなことに慣れるまでは大変でしょうが、さらなる活躍を楽しみにしています。
井田くん、とりあえず、ラーメン二郎三田本店で「大ダブル野菜からめニンニクマシマシ」でも食べてみてはどうでしょう。