『嫌われた監督 あす発売』 日々
「週刊文春」に連載されていた「嫌われた監督」。ドラゴンズの監督として8年間で優勝4回、2007年には日本一に導いた名将・落合博満さん。その8年間を描いた連載を加筆、修正し、単行本「嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたか」が、あした発売されます。
少し前に、この新刊は文春編集部から私の元に届いていました。そして、むさぼるようにページをめくり、読み進めました。「嫌われた監督」というタイトル、そしてこの表紙の写真、まず秀逸です。そしてその中身ですが…。もちろん「週刊文春」に連載されていたものを読んでいたので、大筋ではすでに知っていた内容です。ですが、改めて著者・鈴木忠平氏のペンの力、表現力に感心せざるを得ません。私も「嫌われた監督」と一緒に過ごした8年間が、昨日のことのようによみがえってきました。
チームを勝たせる監督としての評価は揺るぎようがありません。もう退任して10年が経過しているのにいまだに「落合監督ならば」「落合監督だったら」というような議論を呼び起こすところも、落合博満氏の凄さです。その一方で、落合氏を支持する落合信者=オチシン、落合氏を嫌うアンチ落合=オチアンという対立構造を生み出してしまうほどの、野球界にとっては劇的で革新的で、また副反応も強く起こしてしまうスタイルであったことも否定できないでしょう。私も毎年のように日本シリーズを実況する機会を与えてもらったりと、アナウンサーとして幸せな時代を過ごさせてもらえた、落合氏によって「恩恵」を受けたひとりであることは間違いありません。
そして落合氏も、著者・鈴木忠平(すずきただひら)氏も「プロ」なんです。年齢は私の2歳下で「チューへー」と呼ばれていた鈴木氏も、人と群れない、ひとりで見て、考える、自分で決める。「オレ流」を漂わせる記者であったな、と。同書のプロローグから引用させてもらうと「担当記者たちは星野(仙一)の名前が刺繍されたお揃いのジャンパーを着て、星野と共に散歩をした。朝食を共にして、お茶を飲んだ。そして星野が昼夜を問わずに開くどの会合も【指定席】はすでに埋まっていた」「大学を出たばかりの青二才が何かをするための空席など、どこにもなかった。序列にさえ数えられないうちは隅っこで体操座りをして待つしかない。私はそうした無力感に慣れきっていた」。そうだったな~、この何もできない無力感(笑い)。鈴木氏も私も、記者生活、アナウンサー生活の第一歩はこんな気持ちでした。「1001」と刺繍されたジャンパー、古参の記者たちが誇らしげに着ていましたよ。私も鈴木氏も青二才、当時は「1001ジャンパー」は手にできませんでした(笑い)。そこから鈴木氏は自分の力で「指定席」を確保して、さらには独立し、これだけの作品を世に送り出したのです。彼は間違いなく「プロ」の仕事をした記者でした。
落合氏の凄さ、そして恐ろしさがずっしりと伝わる476ページ。読み終わっても結局「落合博満とはなにか」「落合時代とはなにか」という定型の結論にはたどり着かないと思います。ただ、落合監督が退任して10年が経過したいま、あの時代のドラゴンズを語る歴史書に触れたような気分です。