『短い人生だったけれど』 日々
きょうは我が子の保育園での「生活発表会」を観るために半休を取っていました。しかし、その生活発表会が新型コロナで延期になって予定が空白になったところを埋めたのは、悲しくて悔しくて仕方がない予定でした。きょうは姪っ子の葬儀でした。
姪が亡くなったのは1月25日朝。わたしと姪は結婚してからの親族ですので、お付き合いは7年半ほどでした。しかし、7年半は彼女の人生の半分の時間です。一年前発覚した彼女の病名は「横紋筋肉腫」。わかりやすく言えば小児がんです。入院後は一時帰宅などできた時期もあったのですが、10月からはずっと病室での生活になりました。そしてみんなの願い届かず、体重は半分になり、自分で呼吸ができなくなり、残念ながら25日にこの世を去りました。わたしの自宅から入院先が近いので、12月にはわたしもお見舞いに行きました。もう意識はなく、わたしなど何もできることはありません。
この病室から眺める景色がその時の彼女の全てなのかと思うと、涙が出て仕方がありませんでした。
元気だった頃の姪っ子は、よく我が子と遊んでくれました。とてもかわいがってくれました。きょうも葬儀場で、我が子と姪が一緒の笑顔の写真を見ると、涙が止まりませんでした。本当にありがとう。
病室には友人、そして看護士の皆さんからのメッセージなどが飾られていました。たくさんの人に愛されて、応援されて、助けてもらってきたんだなと実感しました。皆さん、ありがとうございました。
まだ中学生。これから高校に進み、やりたいことしたいことが一杯あったでしょう。楽しいこと、苦しいこと、これから人生が、青春が始まるというときに彼女の人生は幕を閉じました。
病と戦ったこの一年、悔しかっただろうし、辛かっただろし、不安だっただろうし、怖かっただろうし。その心中を察するとこちらも胸が張り裂けそうになります。よく頑張ったね。
残ったわたしたちは、一日でも長く生きたかった姪の思いを噛みしめて、懸命に生きていきます。