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直球勝負!大澤広樹

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『99試合』 日々

初めてきちんと話をしたのは2008年4月4日。中日ドラゴンズ投手・川井進27歳、私は32歳。入団4年目、春キャンプで注目を集めたものの開幕一軍は逃した川井選手のインタビュー収録でした。それから8年半が経ち、ついに引退の時を迎えました。ここからはいつも呼んでいるように「川井ちゃん」と書かせてもらいます。



20日午前、ブログに書いたように私が休みにも関わらずナゴヤ球場に行ったのは、川井ちゃんが「クビになるか否か」を聞きに行ったのです。長く話しました。その時点でまだ球団からの連絡はなかったものの、本人は覚悟を決めていました。川井ちゃんから連絡があったのは翌21日夜8時ごろ。佐希子夫人とも話しました。ふたりはスッキリした口調でした。私にはまだまだ未練がありましたが…。きょうの引退記者会見、私は行こうと思えば行けたのですが、結局は行きませんでした。もう川井ちゃんの思いはしっかりと聞いていたし、最後の登板を見ることこそすべてだと思ったからです。また、ちょっと心の中に「まだ見たくない」という思いもありました。



2008年、開幕一軍を逃したことで、一気に取材されることが減った川井ちゃん。「記者さんって冷たいな…」と思っていたところでインタビューを申し込んだのが東海ラジオであり、私でした。川井ちゃんは「ちゃんと見ていてくれる人がいるんだ」と思ったそうです。私自身はどちらかというとグイグイと選手に入り込んで取材することは苦手なタイプなのですが、川井ちゃんとはなんとなく気が合いました。



2009年、毎週日曜日に先発登板する川井ちゃん。そして当時は私が毎週日曜日の試合を実況担当していました。開幕11連勝という偉業を成し遂げて中日球団史に名を刻んだ川井ちゃん、その試合のひとつひとつをいつも私が実況させてもらうという、なんとも不思議な縁がありました。2009年7月12日広島戦・プロ初完封勝利の試合の後日、私の実況録音CDを交際中の彼女(現夫人)と車中で聴いてくれたこともありました。その年にはオールスターゲームに監督推薦で出場、本当のプロ野球選手になり、ファンにも認知され、私まで嬉しく誇らしい気持ちになりました。それ以降、ふた桁勝利こそなかったものの、「困ったときの川井ちゃん」的な存在として2014年まで毎年、勝ち投手になりました。



現夫人と長年交際していたことを知っていたので「いつになったら結婚するんだ??」とよく聞いたものです(川井ちゃんには「僕のことより大澤さんでしょ!!」と言われました)。13年にやっと私が結婚し、11月にはファン感謝デーに参加したあと大急ぎで私たちの披露宴に出席してくれた川井ちゃん。その翌年(14年1月)についに佐希子さんとの結婚です。新聞に掲載される前日にと、川井ちゃんから電話をもらいました。「オフに披露宴をします。来てくれますよね??」「嬉しいなぁ、喜んで!!」と私が応えたあと、「司会、やってもらえませんか??」と川井ちゃん。私は一度、断りました。私よりも先輩で、私よりも有名で、私よりも盛り上げてくれるアナウンサーはたくさんいます。「いろいろしがらみもあるだろうから、僕に気を使わず他のアナに頼んでは?? 僕は出席できるだけで十分に嬉しいよ」と。そのときの川井ちゃんの言葉を忘れることができません。「僕の披露宴の司会、大澤さん以外にいませんよ。どうしてもお願いしたいんです」。その年のオフ、101イニングを投げて6勝を挙げ、12月に堂々と挙式、披露宴。佐希子さんが子供の頃から憧れたウエスティンナゴヤキャッスルで。川井ちゃんの言葉を思い出し、お開きになった後にふたりの前で号泣してしまったことは恥ずかしい思い出です(笑い)。以降、お互いの妻を交えて食事に行く仲になりました。



しかし、皆さんもご存知のように昨季は3試合に登板したのみで未勝利。今季はここまで一軍登板がありませんでした。ここで私が「川井ちゃんは素晴らしい」と思っていることをひとつ。川井ちゃんは起用法などについて愚痴をこぼすことは一度もありませんでした。



球場ではもちろん、私と食事をしていても。本当に一度もありません。昨季の3試合(2敗)は決してめった打ちにあったわけではなく、3試合とも5イニング以上投げています。それでいて、3試合ともすべて翌日に2軍落ち。34→35歳のシーズンに2軍で規定投球回数をクリアするという、私だったら「なんでチャンスをくれないのか!?」と言いたくなるような一年でした。しかし、彼は言いません。未勝利にも関わらず翌年も契約してくれた球団に感謝することはあれど、不満を口にすることはありませんでした。



今季、2軍の開幕当初は先発登板していたものの思うような結果が出ず、ようやく7月20日、6回途中無失点で今季初勝利。「よし、ここからだ!!」と思ったら雨天中止などもあり約1カ月登板機会なし。8月14日、今度は救援登板です。さらに21日の登板を最後に、ベンチ入りのメンバーからも外れてしまいました。それでも川井ちゃんは、なにも言いませんでした。雄太選手は2軍戦での最後の5試合、11回3分の2連続無失点です。



私が子供の頃に憧れた牛島和彦投手。背番号17といえば私の中では「牛島」でした。川井ちゃんがその牛島さんを超えて、12年間も「17」を付け続けて現役を終えることが、いまはとても嬉しい。



川井ちゃんの通算出場試合数がいま「99」、現役最後となるであろう次の登板がちょうど100試合目。なんとキリがいいのだろう。川井ちゃんは「どんな結果でも悔いが残らないよう思い切り投げます」と言うので、私は「どうせならホームラン打たれたらいい」と冗談で応じました。25日阪神戦、私が実況担当でなくてよかった。涙声になってしまうかもしれないから。私はレポーター担当だけれど、そのときだけは職場放棄して、ベンチ横の通路からその勇姿を見させてもらいます。お疲れさま。そしてありがとう。

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