日産ギャラリー 定期列車
2013年5月6日、栄地下の日産名古屋ギャラリーが44年の歴史を終えた。
ケータイのない時代、栄の待ち合わせ場所といえばここ。
往時を偲ぶ人たちで賑わい、往時を知る者の胸を熱くさせた。
待ち合わせだけではない。仕事場としても胸熱くなる場所である。
かつて、東海ラジオのサテライトスタジオがあったからだ。
ギャラリー右奥に目を凝らし、デビューした18年前に時計の針を戻す。
近未来的な今のデザインとは異なり、昭和の趣を残していた当時のギャラリー。
左側の壁際がステージ、カウンター付近には音響機器や控室があった。
客席を設置するため、本番1時間前にスタッフ総出で展示車を動かした。
ホイールキャップのNISSANロゴの向きをまっすぐに揃えたのも今は思い出。
月~金曜15:20-16:00は「NORINORIあふたぁぬ~ん」、
土曜13:00-14:00は「土曜スペシャル」というのが1995年当時の番組ラインアップ。
同年9月16日に大内ひろのしんさんの代打で「土曜スペシャル」を務めたのが
日産ギャラリーデビュー。台風接近で人通りがまばらだったのを覚えている。
その後「NORINORI~」でタクマさんの代打を何回か経験した後、
1998年10月から「ラジオテリアPM3」(月~金15:00-15:30)の水曜担当に。
学校帰りの時間とあって、深夜番組「流石の源石」のリスナーたちが
制服姿で訪ねてきては、本番後いつまでもダベっていたものだ。
番組に切手を貼らずガラクタを送ってきた奴が
殊勝にも苦情を言いにやってきたのを、小一時間説教したことも。
聴く人の顔が見えるこの場所で、ずいぶん貴重な経験をさせてもらった。
同時に、ここにいる人たちの向こうにもっと多くのリスナーがいることを教わった。
翌年春、ギャラリーリニューアルに伴い東海ラジオの撤退が決まる。
最後の放送は1999年3月31日、偶然にも水曜日であった。
不肖源石、1970年以来29年の歴史に幕を下ろす役を担う。
最後の曲は名車スカイラインのCMソング、バズの「ケンとメリー」。
あれから14年、日産ギャラリーそのものが幕を下ろす。
スタジオがなくなったときよりも深い感慨にとらわれた。
受付のミス・フェアレディに声を掛けられ、問わず語りに答える。
「昔、ここで仕事してたんですよ」