お堀電車が聴こえる 定期列車
名古屋城のお堀を電車が走っていました。
40年前のきょうまで。
“せとでん”こと名鉄瀬戸線。
今でこそ地下の栄町駅(栄)に乗り入れていますが、
1976年(昭和51年)2月14日までは名古屋城の外堀の中に線路がありました。
東大手駅の北方にあった旧土居下駅から旧大津町駅、旧本町駅を経て
堀川に面した旧堀川駅までが堀の中。
現在でも「お堀電車」の遺構がところどころに残っています。
起点の旧堀川駅から訪ねてみることにしましょう。
旧堀川駅跡。
もともとは瀬戸の焼きものを列車でここまで運び、
堀川の舟運に委ねていたのがせとでんの始まりでした。
見た目は更地が広がるばかりですが、
この広がりにかつての賑わいを偲んでみたくなります。
旧本町駅跡。
本町橋の下を通るアーチ状のレンガ造りのトンネルに注目。
前後は複線なのに、ここだけ幅が単線分しかありません。
橋脚の幅が狭かったためで、苦肉の策として
橋の下だけ複線分の線路を束ねる「ガントレット」という
日本でもここだけの特殊な構造を採用していました。
どんな音をさせて列車がガントレットを通過したのか、
ファンとしては夢想したくなるのです。
本町〜大津町間にある看板。
色褪せていますが「名古屋鉄道」の文字が読み取れます。
今なおここは名鉄の用地のようです。
旧大津町駅跡。
本町駅とは打って変わって、橋の下は幅広。
県庁や市役所に近いこの駅こそが、せとでんのターミナルでした。
大津橋南詰から堀へと下りていく階段。
この下に駅舎があり、過半数の列車が折り返していました。
当時は特急もあったとのことで(現在の最高種別は急行)、
古豪の車両にパノラマカー同様の逆富士型の行先表示板や
ミュージックホーンを取りつけて運行していました。
どうやら音痴なミュージックホーンだったようで、
そんな音がお堀の中をこだましていたかと思うと、
なんだか微笑ましくなります。
大津橋〜土居下間の通称“サンチャインカーブ”。
半径わずか60メートルの急カーブでお堀の角をすり抜けていました。
車輪を軋ませる音が聴こえてきそうです。
旧土居下駅跡を臨む。
サンチャインカーブで東から北へ向きを変えた列車は、
奥の土居下駅でお堀を離れ、現在の路線に合流していました。
お堀電車廃止から1978年(昭和53年)の栄町開業までの2年間、
土居下駅を仮ターミナルとして代行バスなどが運行されました。
2011年に発行されたお堀電車100年記念乗車券の台紙。
ガントレットを通過する列車が写っています。
お堀電車に興味を持ったのは、初めて名古屋を訪れた4歳のとき。
名古屋の都市地図にお堀を走る路線が載っていたのです。
まさに廃止された1976年の発行で乗ることは叶いませんでしたが、
以来社会人で名古屋に来るまで興味を引きつけてやみませんでした。
1995年時点から現在まで、これだけの遺構が残っているのは流石の一言。
お堀を鉄道に貸し出すなんて、「城で持つ」尾張名古屋の面目躍如ですね。
音が聴こえる気がするのもそのおかげかと。